厚生労働省の発表によると、2011年から2015年にかけて、国内で最大約5万6千人もの看護師が不足するとされています。
新聞やテレビなどのメディアで、慢性的な看護師不足の問題が取り上げられるようになって久しいですが、医療現場の実態や看護師不足の原因については、まだまだ広く認知されているとは言えない状況にあります。
そもそもこれほどの看護師不足が引き起こされるようになった原因は、一体どこにあるのでしょうか?
目次
看護師不足の実態
「必要な看護師の数に対して、実働している看護師が不足している」
「現在、病院などで働く看護師の数は約140万人存在するが、資格がありながら看護職につかない潜在看護師の数は70万人を超える」
こういった情報が新聞やテレビのニュースで取り上げられることは少なくありません。しかし、看護師不足の実態について報道されることは、意外に少ないというのが実情です。
看護師資格取得者の数は増えている?
日本看護協会のホームページで公開されている資料によると、看護師国家資格の合格者数は、毎年5万人ほどとされています。
これは正看護師に限った数字ですので、准看護師試験合格者を加えると、毎年看護師資格を取得する方の総数はさらに多くなるはずです。
また、実は直近10年間の看護師の現役就業者数を見てみると、1万5,000人から4万人ほどの幅で増加し続けています。
「医療現場で働く看護師は慢性的に不足している」この事実は一般にも広く認知されていますが、看護師として働く方の数が増加しているという点に関しては、あまり知られていないのではないでしょうか?
事実、現役看護師数は平成15年末現在では約127万人とされていましたが、平成24年現在では約154万人にまで増加しています。
実は、厚生労働省は平成24年の時点で必要とされる看護師の数を「143万人」と発表していたため、数字上では約10万人ほど看護師数には余裕があるということになっています。
にもかかわらず、医療現場で看護師不足が解消したという話は一度も聞かれたことはありません。それどころか、医療現場における人員不足は深刻さをましており、看護師の欠員を理由として閉院する病院やクリニックも出始めています。
例えば、07年7月には看護師の欠員を原因として東京都保健医療公社荏原病院の産科病棟が閉鎖しています。この荏原病院では、看護師定数316人に対して欠員が58名と非常に高い割合にあり、閉鎖前に病院機能が維持できなかったことが簡単に推測されます。
また、平成26年6月には千葉県が県内59病院で計2517床が未稼働と発表しましたが、この内38の病院が稼働できない理由を「看護師が不足している」としています。
看護師資格取得者の数は増加傾向にあり、現役で働く看護師数も年々増えてきているにもかかわらず、医療現場では人員不足が深刻な状況にあるというのが実態なのです。
厚生労働省が発表する「必要な看護師数」を超える現役看護師が稼働していても、なお看護師が不足してしまう原因にはどういったものがあるのでしょうか?
看護師不足の原因
厚生労働省が試算する必要看護師数を超える現役看護師が活躍しているのに、何故深刻な人手不足が起きているのか?
この点に関しては専門家の多くが「試算自体が甘い」と断じています。計算上は看護師が足りていることになっていますが、実態にそぐわないという訳ですね。
では、実際に看護師不足が起きている原因にはどういったことが考えられるのでしょうか?
原因1 7対1看護の弊害
看護師不足の問題を考える上で、外すことができないのが7対1の看護配置の影響です。
7対1の看護制度は2006年の診療報酬改定に伴って推進されたもので、簡単に説明すると入院患者7名に対して看護職員1人配置する制度・体制を指します。
この7対1の看護配置は
・看護師が従来よりも多く配置されるため、患者さんが質の高い看護を受けられる
・離職率を高めていた過重労働が緩和される
・病院側は入院基本料が加算され収入がアップする
(例えば10対1だった病院が7対1の配置体制を導入することで、100床当たり1億円の診療報酬増)
といったメリットがあるため、一見すると患者さんも看護師も病院もwin-winのように感じられます。しかし、実際には非常に大きなデメリットも内包している制度でもあったのです。
この制度は「看護師が多く配置された場合に限り、報酬額が高くなる」という性質を持つため、看護師を数多く引き抜いて配置数を増やす病院や、病床数を減らして一床当たりの看護師数を増やす病院・医療機関などが続出しました。
その結果、大病院が中小規模の病院から看護師を引き抜いたり、新卒者の行きすぎた青田刈りなどが行われたりと、医療現場に大きな混乱がまねかれることになりました。
また、病院側が看護師を多数抱え込みながら病院全体の人件費を増やすことはせず、看護師の給与水準を下げたり、サービス残業や業務量の増加などを課すといった問題も続出しました。
これをきっかけとして、労働日数の増加や過酷な職場環境に耐えかねて離職する看護師が一気に増え、現在の深刻な看護師不足の一因となったとも言われています。
また、7対1看護配置に対応できた規模の大きな病院はまだしも、給与水準や待遇面で見劣りをしてしまう中小病院は従来よりもますます人員確保が困難となってしまい、運営自体を継続できないといったケースも散見されました。
推進から10年近く経った今でも、7体1看護配置は看護師不足の大きな原因の一つとして数えられています。
原因2 離職者数の増加
毎年約5万人が看護師資格を取得するとしても、毎年10万人以上の看護師が離職をしてしまえば現場で働く看護師の数は減少してしまう計算になります。
実際には離職した看護師の大半が他業種へは転職せず、新たな職場で看護師として再就職することを考えれば、単純に毎年5万人の看護師減とはなりません。しかし、高い離職率が現場での看護師不足の原因の一つであることには違いありません。
実は、ここにも前述の7体1看護配置が関係しており、病床規模が小さな病院ほど離職率が高く、7体1看護配置の病院では離職率が低い傾向にあります。つまり、人員が確保されている職場は定着率が高く、配置人員が少なく忙しい職場は離職率が高い、という訳ですね。当然といえば当然の結果です。
また看護師は女性の割合が高い職種のため、結婚や出産、子育てを理由として離職する方も多く見られます。この点に関しては病院側も十分に把握していますが、結婚や出産を理由とした退職を思いとどまらせるだけの、給与や勤務環境を準備できないといった問題もあります。
現状、看護師の大半は過酷な医療現場の環境に耐えながら働き続けており、約80%もの看護師が、過大な仕事量や休みの少なさ、人間関係の問題などに不満を抱き「仕事を辞めたい」と考えながら働いていると言われています。
離職率を下げ定着率を上げるための職場環境作り、労働環境の整備が急務であると言えるでしょう。
原因3 介護福祉施設での看護師需要の増加
急激な少子高齢化が進む日本において、医療分野だけでなく介護分野でも看護師の需要は急激に高まりを見せています。
2025年には4人に1人が75歳以上という超高齢者社会となる予定ですが、この2025年問題に対応できるだけの看護師が養成される見通しは立っていません。
現状医療分野でも深刻な人手不足が見られているにもかかわらず、介護分野へ多くの看護師が就職してしまうと、ますます医療現場での看護師不足は加速すると考えられます。
なお、2025年問題に対応するためには200万人の看護師が必要であるとの試算も存在します。
看護不足を解消するための対策について
高齢化が急速に進行する日本においては、看護師不足対策は緊急を要します。では、看護師不足を緩和するにはどうすれば良いのでしょうか?
看護師の待遇・労働条件を改善する
実は、この点に関しては日本看護協会などが主導して改善が進んでおり、日勤のみ、パート、アルバイトといった多彩な働き方が選択できるようになった結果、労働条件や拘束時間を理由とした退職者数が減少傾向にあるとされています。
実際に、日本看護協会の発表によれば新卒看護師の離職率は7.9%程度に改善しており、他業種と比較しても離職率が飛び抜けて高い、といった状態ではありません。
このまま労働環境や労働条件の改善が進み、併せて看護師の地位向上が叶うことになれば、離職率がさらに軽減され、看護師不足解消に繋がると考えられます。
地域ごとの看護師数の格差を是正する
実は、患者数に対する看護師の割合は全国で一律のものではなく、地域ごとに大きな差があることが分かっています。
人口10万人に対しての看護師の数を見てみると、九州・四国などでは1300から1500人程度となっていますが、関東では1000人に満たない所がほとんどとなっています。
看護師の場合は、看護師となるための勉強や実習を受けた場所(地元)に就職し定着するケースが多い傾向にありますが、関東圏は看護師を養成する環境が意外に整っておらず、新卒の看護師数が著しく少ないという問題があります。
この養成者数には明確な差があり、平成24年現在、人口10万人当たりの看護師養成者数は
- 西日本:80人
- 関東:40人
と2倍もの差が生まれています。西日本で養成された看護師が関東へ流れて補充される、といったことも現状期待できないこともあり、このままでは地域格差は広がるばかりです。
この養成数や現役看護師数の地域差や偏りを是正する対策が打たれれば、都市部の深刻な看護師不足解消に繋がると考えられます。
- 看護師不足の問題が取り沙汰されて久しいが、看護師資格取得者の数は増加傾向にある
- 看護師不足の大きな原因のひとつに「7体1看護配置」があると考えられている
- 看護師不足の原因として離職率の高さが挙げられるが、近年離職率は減少傾向にある
- 離職率の減少には、労働環境や労働条件の改善・緩和が関係している
- 看護師数は地域ごとに大きな格差があり、この格差の是正が看護師不足解消の鍵となると考えられる
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